「ガゼタ・ヴィボルチャ」 2022年4月16日 インタビューアー:Maciej Stasiński
https://wyborcza.pl/7,75399,28342602,putin-to-cien-stalina-to-maly-niemal-przegrany-czlowiek-ale.html
「ウクライナは国民として団結し、かつてないほどに自らのアイデンティティを強化している。20世紀にウクライナは19世紀のポーランドのような位置にあったが、いまや1920年のポーランドのようだ。火の試練をくぐり抜けようとしている新興国家だ」――「ガゼタ・ヴィボルチャ」のためのインタビューで歴史家ノーマン・デイヴィス(※1)が語った。
マチェイ・スタシンスキ:この戦争が始まったとき、私たちは対話をしました(※2)。戦争が勃発した2月24日から、何が変わりましたか?
ノーマン・デイヴィス:戦争はロシアにとって破滅的に展開しています。ロシアは、2、3日あればキーウで勝利の行進ができると考えて侵攻したのです。ウクライナ人が戦車をつかまえてみると、私が読んだところでは、乗組員は祝典用の制服を着ていたということですから。
ところが、ロシア軍はキーウの近郊で撃破され、現在、東部に兵力を集中しようとしています。彼らは大都市を1つも占領することができず、軍隊の質は粗悪で、戦いかたは下手くそで、装備は貧弱で、指揮もよくありません。ロシアは闘志もなく、苦労しながら、想像力も働かせずに戦っています。
ウクライナ全土の占領は、最初から見込みのないものでした。しかし、現状では、ロシアはすでに手にしているものを守るしかなくなっています。守りきれるかどうかはまったくわかりませんし、おそらく続く第2局面はロシアの敗北で終わるのではないでしょうか。
ウクライナ人はよく守っています。戦争では、守る方がふつうは優勢です。勝つためには、攻撃する側は3対1の比率で優勢でなければなりません。
ロシア軍はオデーサを占領することに成功しませんでした。そして、ウクライナ軍はロシア軍の最大の戦艦を破壊したところです[ロシア海軍の巡洋艦「モスクワ」沈没のことを言っている――編集部注]。
スタシンスキ:それは、もしロシアが勝利しなければ撤退する、ということですか? 撤退しないのではないかと私は恐れているのですが。長い袋小路が私たちを待ちうけているのではないかと。
デイヴィス:ロシアは弱いことがはっきりしました。私たちは、ロシアに対する恐怖のなかで育ちました。スターリンと西方への拡大に対する恐怖です。しかし、プーチンはスターリンではありません。プーチンはスターリンの亡霊です。ちっぽけな、ほぼ負けが決まった人間です。膨れあがる絶望にとらわれて振る舞う出来の悪いリーダーです。もう8年間もウクライナと戦ってたいした成果もない。彼はこの戦争で意表をつくような作戦はなにもやっていません。戦争の行方は指揮官の敵の意表をつく能力に左右されるということは、たとえばナポレオンの例からもわかりますね。
スタシンスキ:彼はウクライナが立ち上がれないように叩き潰すことを望んでいるのではないでしょうか?
デイヴィス:そのチャンスもないし手段もありません。ウクライナはドイツの2倍の面積をもっています。プーチンは100万もの人びとを殺したり、いくつかの都市を破壊したり、多くの損害を与えたりできるでしょうが、この国を征服したり、占領したり、全土を瓦礫の山にしたりする力はありません。
あるいはクレムリンでは最後のカードを切って、勝利の欠如を反転させるつもりかもしれない。彼らは5月9日に勝利のパレードを準備しています。いつものように「バンザイ、バンザイ、バンザイ!!!」とやりたいのでしょう。でもそれが不毛な祝典にならないかどうか、見とどけましょう。
ただ、プーチンは弱いとはいえ、絶望しています。核兵器をもつ絶望した弱い男というのはたしかに恐ろしい。
戦争の結果、ウクライナは国民として団結し、かつてないほどに自らのアイデンティティを強化しています。20世紀にウクライナは19世紀のポーランドのような位置にあったが、いまや1920年のポーランドのようです(※3)。火の試練をくぐり抜けようとしている新興国家です。しかも西側がウクライナの背後で一枚岩になっている。かつてのポーランドよりもよい立場にいるのです。一方、プーチンはショックを受けている。彼は、ウクライナ人がロシアのなかで生きていきたいと思っていないことにたぶん気がついている。
スタシンスキ:西側はさらにウクライナをどのように支援することができるでしょう?
デイヴィス:すでに行なわれている支援は大きなものです。アメリカの諜報機関のおかげで、ウクライナの軍司令部は軍事的な状況がよくわかっています。しかし、支援はさらに大きなものに、はるかに、はるかに大きなものでありうるでしょう。たとえば、まさしくイギリス首相ボリス・ジョンソンが約束したように、対艦ミサイル砲を提供するとか、対空砲とそれを支えるシステムを供与することです。
航空機についてはむずかしそうですが、多くの国が、戦車や装甲車からドローンやあらゆる種類の対戦車兵器にいたるまで、相当数の武器を提供すると約束しました。
現在、戦争の第2局面に入って、ウクライナは装備の修理のための設備、兵站、サイバー空間上の支援、新たな戦闘員の訓練などを必要としています。NATOはこれらすべてを提供することができます。
スタシンスキ:この戦争の結果として、ヨーロッパの一体性は強化されるでしょうか?
デイヴィス:そう思います。ヨーロッパは強化され一体となっています。ウクライナへの共感の波は巨大です。しかし、すみずみまで、というわけではありません。マリーヌ・ルペンは問題です。彼女は、戦争前からのプログラムに沿って、いまでも行動しています。彼女にとって、ロシアは潜在的によき同盟相手です。有権者に好かれようとして、自分が考えていること、父親がかつて彼女に教え込んだことをあまりにしばしば口にしています。彼女は〔フランス大統領選に〕敗れるでしょう。しかし、もし彼女が勝てば、西側は弱体化するでしょう。
スタシンスキ:ヨーロッパ連合は、ポーランドにおける法の支配とリベラルな民主主義の破壊に対処できるでしょうか? この戦争で、ポーランド政府はEUへの支払い額の軽減や免除を取り引きしようとしていますが(※3)。
デイヴィス:それはポーランドの統治者側が望んでいるのでしょうが、たいへん危険な賭けです。法の支配の問題でポーランドに対するEUの姿勢が変化するとは、私には思えません。この政府がこれまでやってきたこと、現在やっていることを、EUが忘れることはむずかしいでしょう。問題を先送りするくらいがせいぜいだと思います。これは余りに原則的な問題ですから。
ワルシャワの政府の行動は、しばしばあからさまな嘘にもとづいています。たとえば、スモレンスクについての嘘がそうです(※4)。そして、もしポーランド政府がこの嘘にしがみつくならば、ポーランドにとってよくない結果しかありえません。カチンスキがモラヴィエツキ首相といっしょにキーウに行ったのは、ゼレンシキー大統領に、あなたもクレムリンの犠牲者だ、プーチンはスモレンスクで飛行機を墜落させたのだから、と信じさせるためだったんではないか、とさえ思ってしまいます。抜け目のないやり方かもしれませんが、そんなことをしても、その先にいかなる出口もありません。
付言しておけば、国民としてのポーランド人は、ウクライナにまったく新しい態度で接しています。これはほんとうに、かつてないことです!
スタシンスキ:この戦争がどのように終わるかにかかわらず、ロシアは中国の庇護下に入ることにならないでしょうか?
デイヴィス:すでにそうなっています。まさしく物乞いです。問題は、中国がこのような弱いパートナーを欲しているか、ということです。中国はロシアの10倍は強力です。ロシアが持っていないすべてのものを持っています。これに対してロシアには広大な領域があり、人口の希薄なシベリアがあります。そこには中国が必要とする資源があります。中国はそれらの資源を購入したいか、あるいは、力づくで奪いたいと思っているでしょう。加えて、中国には、極東は歴史的に勢力範囲であるという意識があります。
中国は、いまでもロシアを止めることができるでしょう。しかし、彼らは待っているのです。プーチンは彼らに、2日間あればキーウで戦勝パレードをしてみせると約束したに違いありません。それは失敗しました。中国は彼に第2のチャンスを与えているのです。
中国には時間があります。彼らにとって最も重要なのは、アメリカに打撃を与えることです。プーチンが失望させたときに彼らがどうするか、見とどけましょう。
※1 ノーマン・デイヴィスは、1939年生まれのイギリス(ウェールズ出身)の歴史家。専門のポーランド史・東中欧史にかんする著書のほか、イギリス史やヨーロッパ史全般にかかわる本を多数執筆している。日本語訳されているものとしては、『アイルズ――西の島の物語』(別宮貞徳訳)共同通信社、2006年;『ヨーロッパ』Ⅰ~Ⅳ(別宮貞徳訳)共同通信社、2000年;『ワルシャワ蜂起』上・下(染谷徹訳)白水社、2012年。
※2 「ガゼタ・ヴィボルチャ」2022年2月26日付「ノーマン・デイヴィス教授「プーチンがウクライナを吞み込めるかどうかは疑問だ。あまりに大きな塊りにかぶりついている」
インタビューアーは、この記事と同じマチェイ・スタシンスキ。本タイムラインでは未訳。
https://wyborcza.pl/7,75399,28157331,prof-norman-davies-watpie-czy-putin-przelknie-ukraine-chapnal.html
※3 ポーランド・ソヴィエト戦争(1919~21年)中のポーランドを念頭においた発言。この戦争は、パリ講和会議(1919年)で定められた東部国境を不服とするポーランドとボリシェヴィキ政府のあいだで、ウクライナ、ベラルーシ西部、ポーランド東部を舞台として戦われた。1920年、ポーランド軍は、ウクライナ民族運動の指導者シモン・ペトリューラの軍団と連携してウクライナに進軍し、キーウを一時占領したが、ソ連軍に反撃されて撤退した。その後、ソ連軍は西進してポーランドの首都ワルシャワに迫ったが、ポーランド軍がくい止め、ソ連軍は撤退した(「ヴィスワ川の奇跡」と呼ばれる)。翌21年に結ばれた講和条約(リガ条約)によってポーランドとソヴィエトの国境が確定し、リヴィウを含む西ウクライナはポーランド領となった。
※4 EUの最高裁判所に当たる欧州司法裁判所は2月16日、加盟国が「法の支配」の原則を順守しない場合、資金の支払いを停止できるとの規定は合法との判決を下した。具体的に問題となっている加盟国は、ポーランドとハンガリーの2国である。
ポーランドでは、2015年から政権についている政党「法と正義」が推進する司法改革によって、立法権・執行権(政治部門)が司法権に大幅に優越する方向に制度が改変されてきた。これに対してEUは、ポーランドの司法改革が裁判官の独立を損ねていることを問題視してきた。
EU首脳は2020年12月、新型コロナウイルス対策の復興基金を含む計1兆8240億ユーロの予算案パッケージを承認。同案には法の支配順守をEU補助金分配の条件とする条項が明記され、ポーランドとハンガリーが無効化を求め提訴していた。また、昨年10月には、ポーランド憲法裁判所が、国内法よりEU法が優先される原則を否定する判断を下し、EUは強く抗議していた。
(参考)
小森田秋夫「ポーランドにおける「法の支配」の危機と欧州連合」『日本EU学会年報』第39号(2019年)、44~75頁
https://www.jstage.jst.go.jp/article/eusj/2019/39/2019_44/_pdf/-char/ja
「欧州司法裁判所、資金停止は「合法」認定 東欧2カ国の法の支配巡り」『毎日新聞』2022年2月17日
https://mainichi.jp/articles/20220216/k00/00m/030/360000c
※4 2010年4月10日、「カティンの森事件70周年追悼式典」に出席するポーランドの大統領レフ・カチンスキを含むポーランド政府要人を乗せたポーランド空軍の飛行機が、ロシアのスモレンスク近郊で墜落した。カチンスキ大統領夫妻を含めて、乗員乗客96人が全員死亡した。
この事故の原因をめぐって、「法と正義」所属の議員が調査団を立ち上げ、機上での爆発やロシア側による着陸妨害など、ポーランド政府の公式発表とは異なる調査結果を発表している(政府の発表は、「法と正義」と対立する「市民プラットフォーム」のトゥスク首相のもとで行なわれた調査にもとづいている)。デイヴィスのいう「スモレンスクについての嘘」とは、「法と正義」調査団の主張を指している。
現在の「法と正義」の党首ヤロスワフ・カチンスキは、スモレンスクの事故で死去したレフ・カチンスキの双子の兄である。3月15日、東欧3か国の首相とヤロスワフ・カチンスキはキーウを訪問し、ゼレンシキー大統領と会談した。
(参考)EU使節団がゼレンシキー大統領と会談するために列車でキーウに向かっている。
投稿日: 2022年3月15日
https://www.kyotounivfreedom.com/ukraine_timeline/article/20220315_5/
【SatK】