なぜロシア人は「ナチスのウクライナ」のトップにユダヤ人が立っているという語りに矛盾を感じないのか

ロシアの劇作家アルトゥル・ソロモーノフの「ガゼタ・ヴィボルチャ」への寄稿。

「なぜロシア人は「ナチスのウクライナ」のトップにユダヤ人が立っているという語りに矛盾を感じないのか」
2022年3月13日付

ここ数日、キーウやオデーサの友人たちに電話をかけ続けている。おそらく私の人生で最も困難な会話だ… ハルキウの知人たちは、もう家がない、通りも広場もない、子どもたちの遊び場もない、と語った… キーウの女友だちは、警報のサイレンが鳴り続けて、いつ何時でもシェルターに急いで逃げなければならない、昼夜を問わず命の危険にさらされてもう気が狂いそう、と言った… 結局、彼女はウクライナから避難した。そんなことは彼女には想像もできないことだったし、望んでもいないことだったのだが…

しかし、ウクライナ人たちは、ただ自分たちの意志で国をつくりたかっただけなのだ! ところが、テレビで私たちに繰り返し伝えられるのは、ロシアは誰かを助けようとして動いたのだ、この「軍事作戦」は、ロシア語を話すウクライナのロシア人への、われわれの愛の結果なのだ、ということだ。ああ、なんという他民族へのロシアの「愛」! そのなかで私たちの隣人も私たち自身も焼き尽くされてしまわなければよいのだが。私がこんなことを言うのは、この戦争がロシアにとって、あらゆる意味で完全に破壊的なものであると考えているからだ。道徳的にも、政治的にも、経済的にも。

「国家は死体を必要とするのだ! 死者を必要とするのだ!」

この戦争に私は、豊かでブルジョワ的なモスクワで遭遇した――もちろん、戦闘が始まったという悪夢のようなニュースを聞いても、首都の顔つきは何ひとつ変化しなかった。しかし、すでに最初の日に、恐怖というよりも、もうこれまでのような日々は二度と戻ってこないだろう、という感覚が漂いはじめた。加えて、これからは悪くなるばかりだろう、という感覚も。

偶然の成り行きで、この戦争は、私の戯曲「われわれはスターリンをどう葬ったか」が独立系のTeatr.doc.で初演を迎える日と重なっていた。その関係で、この間に私が会話をしたのは俳優たちと監督と劇場支配人に限られていて、この戦争への反応も、もっぱらいちばん近いところにいる彼らの様子からしか私には判断できない。彼らは全員ショックを受け、ふさぎこみ、混乱していた。こんなときに初演を舞台にかけるのは道徳的に正しいことなのか? でもだからと言って、上演を中止するのは降伏することになるのではないか?――この作品は、全体主義が生まれて、そこから逃れる余地がなくなってしまう状況を描いているのだから。

私たちは上演することにした。初日の夜8時、観客が集まり始めた。それは、これまでに私が目にしたなかで、最も不幸で混乱した観客だった。演劇に出かけるためにやっとのことでベッドから起き上がったんだよ、と知人が私に言った。招待した人たちの多くが、ごめん、劇場に出かける元気がないんだ、と電話してきた。ロビーでの会話ももっぱら戦争のことで、恥ずかしい、罪悪感と無力感で苦しい、と打ち明ける人が大勢いた。そして当然のことながら、なんという、ありえないような「血塗られた」偶然だろう、こんなときにスターリニズムの復活についての作品の初日を迎えるなんて、という話になった…

上演が終わったとき、観客が俳優たちのところに来て、「国家は死体を必要とするのだ! 死者を必要とするのだ! 人間なんて何の価値もない、国家がすべてなのだ!」という科白が舞台から聞こえてきたときの衝撃を語った。リハーサルを始めたときには、この科白が作品の核心であったわけではないのだが、生活の現実が力点の置きどころを変えてしまったのだ。

家に帰ってから、私はテレビをつけて国営放送にチャンネルを合わせた。番組では「ウクライナのナチス主義者たち」と「ロシア軍の勝利」について熱く語っていた。私はテレビのスイッチを切った。まるで1941年のニュースを観ているようだったし、ロシアがナチスドイツと死闘を演じているかのようだったから…

スターリンはいまなお葬られていない

総じて数年来、ロシアにいて、私は、超現実主義的な映画のなかで生きているような感じがしていた。論理と理性は不可逆的に根絶へと向かっていき、それはいまや無用なものとして完全に破棄されてしまったのだ。

だから、「テレビの視聴者たち」は、ユダヤ人が「ナチスのウクライナ」のトップに立っていることにも、わが国の権力が防衛の目的で攻撃していることにも、平和のために戦争していることにも、幸福のために破壊していることにも、まったく矛盾を感じないのである。彼らは、「戦争反対」(”no war”)という言葉が、現代ロシアではほとんど過激派のスローガンのようにみなされることにも問題を感じない。最近、雪に描かれた「戦争反対」を警察官が長靴で踏みつけている動画を見たばかりだ。しかし同時に、私たちは確かに平和を支持しているし、平和のためにあらゆることをやっているのだ。なにしろ、「軍事作戦」が始まったときに、目くらましの言葉が並べられたではないか――ナチズム、ファシズム、勝利、と。最近10年間に大衆の意識を支配してきた、あれらの言葉が。

こうしたことをロシアの外から理解することは、おそらくとてもむずかしい。現代ロシアにとってスターリニズムが現実の問題であることや、スターリンがいまなお葬られていないことが外からは理解しにくいのと同様に。いま一度、私たちの精神のなかで、犯罪的な数学が蘇えっているのだ。左辺には、何百万の無実のまま殺された人びと、何百万の自由を奪われ、搾取され、卑しめられた人びと。右辺には、大規模な建設、戦争の勝利、強力な国家。この悪魔的な論理学の創始者は、いまやますます現実化しつつある。

しかし、ここでの問題は、じつはスターリニズムでさえなく、いまロシアで、イデオロギーの問題についてはきわめて融通無碍で、それゆえに限りなく内的な矛盾を抱えた超帝国が出現しつつあることである。そこでは、過去の全体が等しく理想化される。ツァーリの過去もソ連の過去も、いにしえのルーシの時代も最近の時代も、正教のロシアも無神論のロシアも。現代ロシアは、すべての歴史的段階と過去のシンボルの集合体なのであり、そこではスターリンとニコライ2世、レーニンとエカチェリーナ2世、ツァーリとその暗殺者、「聖なるルーシ」とその破壊者が統一されなければならない。

こういうやり方は、まちがいなく、私たちの精神の健康を損なっている。共産主義については――もちろん誰一人としてそのイデオロギーを擁護する者はもはやいない。「共産党」は、いまや偉大なるフェイクの一部である。共産主義的な過去のうち必要とされるのは、国の強勢と神話的な統一の理念、そして諸民族を兄弟とみなす思想だけである。

プロパガンダを注入され操作されたロシア国民の巨大な部分が、最近20年間のあいだに、ノスタルジックに過去に憧れるようになり、過去をとり戻そうと夢見るようになった。これは喜劇的でもあり、悲劇的でもあった。若者たちさえもが、自分では生きたことのない時代に戻りたいと思い始めたからである。もちろん皆が皆ではないとしても、多くのひとがそう感じだしたのだ。そしていま、私たちは、この集団的ノスタルジーの恐るべき結果を目にしている。そして、このノスタルジーが無神論的なソヴィエト社会主義共和国連邦と聖なるルーシを同時に含んでいることに当惑しない者はいないだろう。

しかし、公式の次元でかくも多くが語られるロシアの宗教的な再生もまた、幻影である。あるいはフェイクであると言ってもよい。これもまた、現実のなかに支えをもたないもう一つの巨大な観念である。私はロシアを正教の国とは呼ぶまい。それは実態ではなく宣言に過ぎない。正教徒だと自称する人たちの多くは、主な祭日に教会に行くだけで、ロシア正教会の歴史も、それどころか聖書に書かれている物語も知らず、新約聖書を間違って引用するのがせいぜいである。「正教徒」を自称したいという欲望は、歴史と文化に自分も属していると表現したり、皆と共有する一種のコードを作ろうとしたりする姿勢のあらわれである。そして、正教会は権力がやろうとすることはすべて絶対的に支持するので、若者たちも知識人も正教会がクレムリンの支部であることを認めている。このことは、もちろん正教会の信用度に影響する。

この幻影とフェイクの海のなかで、現実としての実質を求めて権力と対等にわたり合うことができるものが、ただ一つだけある。それは芸術だ。裁判も、報道も、社会組織も、政党も、議会も、すべてフィクションだ。しかし権力は現実以上のもの、恐ろしいものであり、悪夢のように本ものだ。芸術も同じである。

だからロシアでは、人びとはいつも芸術に、とりわけ劇場に、偉大な思想や強い感情を期待する。それどころか、本当のところは国でなにが起こっているのか、どこに悪があるのか、そして善はどこにあるのかを理解するために芸術が手助けしてくれることを望んでいるのだ。だからロシアでは、芸術はじっさい特別な役割を、使命とさえ呼べる役割を果たしているのだ。芸術にたずさわることは危険だが(あなたが権力と手を結ぶのでないかぎり)、しかし同時にあなたは、あなたの仕事に意味があることを実感する。

このところ、遠くで起こっている騒ぎの反響が私の耳にも伝わってくる。どこかでロシアの劇場やオーケストラの公演が中止されたとか、チェーホフの劇の上演がとり止めになったとか、チャイコフスキーが演奏されなくなったとか、それで私たちの文化にかかわる多くの関係者が仏頂面をしているとか。いまはそんなことで気を悪くしているときではないと私は思う――チェーホフもチャイコフスキーもいなくなることはないし、時が過ぎれば演目に復帰して、劇場やコンサートホールに戻ってくるだろう。

そして、私たちもいなくなることはない。私たちは、文化をとおして自分たちの手でこの破局を防ぐことはできなかった。そしてこの破局が起こってしまったいまこそ、私たちに対する嫌がらせに気落ちしている場合ではないのだ。妄想とフェイクと偏執から、幻覚との闘いから生み出されたこの悪夢のなかで私たち全員が燃え尽きてしまうのでないとすれば、いずれ戦争が終わる時がくる。それはもちろんたいへん厳しいものになるだろうが、おそらくはロシアにとっての再生のチャンスとなる――私たちの歴史の最も醜い側面とのつながりを完全にたち切り、それらを理想化することをやめ、暴力と流血を地政学的に正当化することをせず、刑吏から英雄を生みだすことをしないために。目を覚まし、正常化し、隣り合った国や民族を自らの「愛」によって迫害することをやめるために。自らの境界のなかで自分自身を感じるようになるために――物理的な意味でも、形而上学的な意味でも。

  • ロシア語からポーランド語への翻訳者:Agnieszka Lubomira Piotrowska
  • 小見出しは「ガゼタ・ヴィボルチャ」の編集部による。

https://wyborcza.pl/7,112395,28214404,wojna-zastala-mnie-w-burzuazyjnej-moskwie-od-lat-mialem-wrazenie.html#S.DT-K.C-B.3-L.1.maly

【SatK】

市長の拘束に対する激しい抗議

ロシア軍に占領されたマリウポリで、軍に拘束された市長にかえてロシア側がトップに据えたガリーナ・ダニルチャンカ
「新たな生き方を学ぶときがきました」「挑発に屈してはいけません」
市中では、市長の拘束に対する激しい抗議が続いている。

なぜクレムリンはこの戦争を特別軍事作戦と呼ぶことを私たちに命じるのか?

ロシアの作家ドミトリー・グルホフスキーの「ガゼタ・ヴィボルチャ」への寄稿(3月11日付)。

なぜクレムリンはこの戦争を特別軍事作戦と呼ぶことを私たちに命じるのか?

それは、ロシアでは誰も戦争を望んでいないからだ。誰もが戦争を怖れているからだ。家から生きて出た人びとが鉛の棺桶に入って家に帰ってくるのが戦争だからだ。繫栄している都市が煙たち昇る廃墟と化すのが戦争だからだ。戦争とは永遠の恐怖だからだ。貧しさだからだ。飢えだからだ。集団的な狂気だからだ。

ふつうの人びとはこの戦争を望まなかった。自分の命で対価を支払うことになるからだ。自分の家族を崩壊させ、破滅させることになるからだ。ビジネス界はこの戦争を望まなかった。破産に追い込まれるからだ。わが国のいわゆるエリートたちもこの戦争を望まなかった。世界から切り離されて心地よい居場所を失うからだ。国民全体がそれを望まなかった。戦争が始まるとふつうの暮らしが終わってしまい、戦争の決まりに従った暮らしが始まるからだ。

ウラジーミル・プーチンは全員に責任をなすりつけた

プーチンがウクライナに個人的に戦争を仕掛けたのだ。彼は、まるまる1時間かけて、すべてのチャンネルを使って、なぜ戦争が必要か、国民に説明した。理由はただ1つ、ウクライナは「国家になれない存在」で根本的に存在するに値しない、ということだった。そこにあるのは個人的な憎しみだけで、それ以外に戦争をするいかなる理由もなかった。他にあったのは口実だけだ。

プーチンは自分自身のための栄光が欲しかったのだ。この戦争が彼に栄光を授けてくれるはずだった。彼は電撃戦に期待をかけた。戦争が勃発した日、テレビのプロパガンダ番組は、昼食どきにはキエフは手に入ると満面の笑みをうかべて約束した。しかし、約束の責任をとる用意はできていなかった。

だから、侵略を始めるまえに、彼はロシア連邦の安全保障会議を召集した。「私はなにも知らなかった」とあとで言いそうな面々を全員そこに集めた。そして彼らを既成事実の前に立たせた。それどころか「私は賛成する」と全員に大声で言わせた。世界と独自に平和交渉をやりそうな者全員に責任をなすりつけた。そのうえで、ロシアを実際に治めているのは私ではなくてわれわれ全員である、とプーチンは世界に言った。これで西側は折り合いをつける相手がいなくなるのだ。いつの日かハーグでウクライナとの戦争の裁判が日程にのぼっても、集団全員が被告となるようにしたのだ。そして、そうなることを、この集団のひとりひとりが頭に刻み込むようにしたのだ。

だが、彼らもそのような責任を負わされることにぞっとしたのだ。それは安全保障会議の映像をみれば、はっきりわかる。戦争を始める計画を事前に知らされていなかった様子さえわかる。彼らが怖気づかないですむように、体制全体に責任をなすりつけることに決めたのだ。

ロシア連邦議会の上下両院の議員たちも、この戦争について語ることはなかった。彼らもまた招集され、事実の前に立たされた。そして、安全保障会議の芝居がかった合意にもとづいて、両院の議員たちもまた新たな宣誓を行なうよう促されたのだ。反対の票を投じたり棄権したりすることはできなかった。習い性となった無力さと従順さによってことは運ばれた。しかし、とはいえ――彼らは、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国という傀儡国家の領域のなかでロシア軍を用いることに賛成しただけなのだ。

こうして私たちは犯罪者となった

ところが、われわれの戦車は、ドネツクではなく、ハルキウ、キーウ、ヘルソンに向かった。これは戦争である、ということがあきらかとなった。それについて人びとが問われていない戦争であることが。人びとがそれを怖れ、望んでいなかった戦争であることが。1週間後、この国を待ちうけているのは、神話めいたナチスの信奉者たちの部隊に対する電撃戦ではなく、全ウクライナ軍とウクライナ国民に対する大戦争であることがあきらかとなった。よくわからない理由から奇妙な象徴の体系のもとにおかれたロシア連邦軍は、ラテン・アルファベットのZの文字で識別されて、泥にはまって動けなくなった。わが軍の死者は数百人にのぼった。わが軍の銃砲はめくら撃ちを始め、ウクライナの街の住宅地を破壊した。戦争犯罪ではないかと言われてもしかたない成り行きであることが明白となった。

そしてそうなったとき、体制の犯罪を全国民の犯罪にすり替えることが決められた。すべての人びとを同じ色で塗りつぶすこと。この戦争については知らなかったとか望んでいなかったとか言えないように、私たちを共犯者にすることが決められたのだ。

あらゆる宣伝メディアで繰り広げられ、人びとに襲いかかってくるヒステリーは、ロシア人ひとりひとりの額にZの文字を刻みこむことを目的としているのだ。

兄弟殺しの戦争に対する責任、ヨーロッパの平和を破壊することに対する責任、悪夢のような過去へと逆行することに対する責任をプーチンと彼の体制からとり去って、ふつうの人びとの背中のうしろに彼らを隠すことが必要なのだ。血迷ったグループと戦っているのではなく、全ロシア国民と戦っていると西側に信じこませることが必要なのだ。まさしく自分たちの生き残りをかけた戦争をやっているのだと国民に示すことが必要なのだ。

人びとを戦争で塗りつぶすために、権力は、国民が支持していると見せかけた。ロシアの80の地域からZの旗をひるがえした自動車を集めて官製のデモンストレーションをやった。カザンのホスピスで終末期の医療を受けている子どもたちを白く雪の積もった中庭に集めてZの文字のかたちに並ばせ、上空から小さな患者たちを撮影した。事を起こしてしまってから、この流血の新たな説明を必死になって考えだす。曰く、ウクライナは化学兵器を持っていたのだ、生物兵器も持っていたのだ、ウクライナは核爆弾を作ろうとしていたのだ、先制攻撃しようとしていたのだ。どんな対価を払ってでも、あらゆる嘘を使って、この虐殺には意味がある、それはクレムリンにとってだけではなく、彼ら国民にとって必要なものなのだと、国民に示さなければならないのだ。

私たちはウクライナ人とわが国の兵士たちの血によって塗りつぶされている

しかし、私たちは忘れてはならない。Zを支持することで、私たちはウクライナの民間施設を爆撃し砲撃することを支持していることになるのだ。私たちは数多くの学校の破壊を支持しているのだ。私たちは兄弟の絆をたち切ることを支持しているのだ。家族のなかにある絆も、私たちの国と国のあいだにある絆も、永遠にたち切ることを。私たちはロシアが文明的な世界から聞く耳を持たずに孤立し、避けようもなく衰弱し、デジタル強制収容所の技術をもった中国のための原料供給植民地となることを支持しているのだ。

いまプロパガンダを信じている人びとは、すでに世界中でロシア人が侵略者とみなされていることを忘れてはならない。私たちが戦争犯罪者とみなされるところまで、あと一息だ。そして、それが私たちの歴史の一部となる――永遠に。私たち全員が塗りつぶされている――ウクライナの市井の人びとの血によって、そして徴兵されて「訓練のために」地獄へと送られた私たちの兵士たちの血によって。

これは私たちの戦争ではない。このことを私たちは記憶しなければならない。このことについて語り合わなければならない。私たちのうしろに隠れて彼らに語らせることを許してはならない。

  • ロシア語からポーランド語への翻訳者:Agnieszka Lubomira Piotrowska
  • 「ガゼタ・ヴィボルチャ」編集部によるタイトルは「ロシアの有名作家:プーチンの目的? ロシア人全員を戦争犯罪者にすることだ」。文中の小見出しも「ガゼタ」編集部による。

https://wyborcza.pl/7,75410,28211243,slynny-rosyjski-pisarz-cel-putina-zrobic-ze-wszystkich-rosjan.html

ドミトリー・グルホフスキーは1979年生まれ。ロシアで最も人気のある作家の1人。SF小説『メトロ2033』(2005年刊、日本語訳は小学館より2011年刊)がベストセラーになり、国際的なインターネット・プロジェクト「メトロ2033の世界」を立ち上げた。ポーランドでも著書が出版されている。

文中にでてくるホスピスの病気の子どもたちによる Z 字を上空から撮った写真は「プーチンの病んだプロパガンダ」と題した次の記事で見ることができる。
https://parenting.pl/chora-propaganda-putina-do-tego-zmusili-dzieci-z-hospicjum

【SatK】

「ガゼタ・ヴィボルチャ」編集主幹アダム・ミフニクの論説

アダム・ミフニク「今日、はっきりと、声高く、言わなければならない。われわれ全員がウクライナ人だ」
「ガゼタ・ヴィボルチャ」 2022年2月24日付
https://wyborcza.pl/7,75968,28150460,dzis-mowimy-jasno-i-glosno-wszyscy-jestesmy-ukraincami-michnik.html

これが戦争である。ポーランドの歴史を知る者はだれでも、1939年9月を思い起こさなければならない。このとき、ヒトラーの軍隊は「迫害されているドイツ人を保護する」ためにポーランドに侵攻したのだ。2週間後、ソ連は、「迫害されているウクライナ人とベラルーシ人を保護する」ためにヒトラーに援軍を送ったのだ。

今日、プーチンの軍隊は、ドンバスで「ジェノサイド政策」を実行する「ウクライナのファシストとナショナリスト」から平和なウクライナ市民を「保護する」ことを望んでいる。まったくそのまんまだ! プーチンの強盗団の襲撃は、ヒトラーとスターリンによって示された模範を思い出させる。それに加えて、20世紀の最大の全体主義的ギャングどものレトリックにも、プーチンは手広く、なんの遠慮もなく、手を伸ばしている。

これは、1989年以来われわれが生きてきたわれわれの世界の終焉だ。このことの帰結を、われわれはまだ想像することができない。これは世界戦争の始まりなのか? ウクライナ人は、たしかにヨーロッパで最も不幸な民族だ。粘り強い、英雄的な、長年にわたる闘いにもかかわらず、より早い時期に自分の国家を創り、守ることができなかった。ロシア化と非民族化、差別と抑圧の犠牲となり、投獄され、拷問されてきた。1930年代の大飢饉とスターリンのテロルの犠牲となった。ヒトラーの占領者たちの手によって殺され、その後にはスターリンの刑吏によって殺された。

しかし、どの世代も、「ウクライナいまだ死なず」と繰り返してきた。

今日、ウクライナ人が対抗してこの同じ言葉を繰り返す相手は、プーチンの卑劣で下劣で嘘にまみれた数々の言明だ。このKGB中佐は、世界を自分の個人的な監獄のようなものとみなしている。そこにいる者は自分の所有物で、だれでも閉じ込めたり殺したりできると考えているのだ。アンナ・ポリトコフスカヤは、チェチェンで行なわれた犯罪について真実を書いたために、殺されたのだ。

ボリス・ネムツォフは、人気のある民主派の政治家であったために、殺された。ミハイル・ホドロコフスキーは、プーチン体制の腐敗をおおやけに批判したために、投獄された。現在、アレクセイ・ナワリヌイが投獄されている。プーチンの召使いの征服を着て歩くことを望まないロシアの声で語ったためだ。

世界はこれらのことを知るべきだ。勇気を奮い起こして、このような犯罪的な政治を許容する毒の力が打ち勝ってしまうことを許さないのであれば。沈黙は、この犯罪的な力にたいする臆病な賛同と屈服のしるしとなりうる。

思い起こすべきだ、1938年にミュンヘンで、1945年にヤルタで、全体主義体制の要求に民主主義世界が同意した結果がどのようなものになったかを。それらは、強権に対する譲歩のしるしだった。チェンバレンとダラジェは、ミュンヘンで何世代にもわたって続く平和を構築できると信じていたが、ヒトラーに征服の道を開いた。ルーズベルトは、合理的な論拠でスターリンを説得できると信じていたが、ヨーロッパの半分を彼の手に譲り渡した。

われわれは、同じ道を歩まないようにしよう。

今日、はっきりと、声高く、言わなければならない。われわれ全員がウクライナ人だ。ワルシャワでも、パリでも、ベルリンでも、プラハでも、ロンドンでも、ブダペストでも、声高く言わなければならないことは、1つのことだけだ。ウクライナ人は、自分たちのためにだけでなく、「われわれと君たちの自由のために」戦っているのだ、と。

同じテキストが、ロシア語、ウクライナ語、英語でも発表されています。
ウクライナ語: https://static.im-g.pl/im/6/28151/m28151436,MICHNIKUKR.pdf
ロシア語: https://static.im-g.pl/im/7/28151/m28151437,MICHNIKROS.pdf
英語: https://wyborcza.pl/7,173236,28150727,we-are-all-ukrainians-now-adam-michnik.html

文中の「ウクライナいまだ滅びず」は、ウクライナ国歌の冒頭の歌詞をふまえた表現です。ちなみにポーランド国歌も「ポーランドいまだ滅びず」という歌詞から始まります。
末尾の「われわれと君たちの自由のために」(o naszą i waszą wolność)は、1831年の11月蜂起でたたかったポーランド人が、ロシアのデカブリストへの敬意をこめて掲げたスローガンです。

訳者が重要だと思ったのは、次の2つの文章に示された認識です。
・「これは、1989年以来われわれが生きてきたわれわれの世界の終焉だ。」
・「われわれ全員がウクライナ人だ。」
ミフニクが念頭においている「われわれ」は、この文章の文脈においては、ヨーロッパ諸国民です。日本にいる私たちは「われわれ全員がウクライナ人だ」と、声高く、言えるでしょうか。基本的人権と報道・表現・学問の自由を守る立場から、訳者は、言えるし、言うべきだ、と思います。

【SatK】

ウクライナの作家、ユーリー・アンドルホーヴィチのインタビュー

「もし必要になれば、パルチザンに参加するよ。彼らが家にやって来るまで待っているつもりはない」――ウクライナの作家、ユーリー・アンドルホーヴィチのインタビュー
「ガゼタ・ヴィボルチャ」2022年2月22日付
https://wyborcza.pl/7,75410,28140251,ukraina-andruchowycz-jesli-trzeba-bedzie-przystapie-do.html

ロシアのウクライナへの攻撃について、ウクライナの最有力の作家の1人、ユーリー・アンドルホーヴィチが語る。「プーチンが西側にひざまずくと思うかね? 彼にとっては制裁なんてクソくらえだよ。」

ミハウ・ノガシ:ロシア軍がドンバスに介入しています。プーチンの怒号が聞こえてきます。戦争は怖いですか?

ユーリー・アンドルホーヴィチ:もうずっと前から、なにもかもが怖ろしいことだと思って見ているよ。いま言えることは、われわれがほんとうに戦争の近くにいるということだ。ロシアがウクライナに侵攻することでそれは始まるだろう。
昨日〔2月21日〕独立を認めた地域でプーチンが部隊の進軍を止めることは、十中八九ないだろうな。彼はもっと先に行くのではないかと私は疑っている。それはつまり、ウクライナ軍と直接衝突するということだ。
そうなると、わが国の軍がロシア人を押しとどめる能力があるのか、考えてみなければならない。侵略者に抵抗し、侵攻に反撃し、クレムリンの連中の頭を冷やすことができるのだろうか?
われわれの側から見れば、昨日モスクワでドネツクとルガンスクのいわゆる人民共和国の独立が認められたことで、事態は原則的に何ひとつ変わっていない。より重要なことは、プーチンが、もっと前の段階で、演説で語っていたことだ。
歴史をめぐる彼の「講義」の意味するところは、疑問の余地のないものだ。われわれに対して、自分の言葉をよくよく真面目に受けとるように、と彼は力説していたのだ。そして、彼はウクライナを、われわれが国家をもっているということを、強迫的に憎んでいることを、あらためて示したのだ。端的に言えば、われわれの民族は存在しない、とロシアの大統領は考えているのだ。
彼自身が引き起こした危機を解決する道は2つしかない、とプーチンは考えている。われわれが屈服して、ロシア人と1つの国民であることを認めるか、それとも、彼がわれわれを滅ぼすかだ。他のいかなる選択肢も考慮されない。
昨日さらにふみ出された一歩からまだ半日ちょっとしか経っていないが、私は次のことは自信をもって言えると思う。ウクライナでわれわれは西側世界から何か大きな支援をえているとは感じていない、ということだ。もちろんポーランドやバルト諸国はこの点では例外だ。しかし、他の国々、とりわけ大国といわれる諸国はどうだ? 彼らは沈黙しているようにみえる。クレムリンで月曜〔21日〕に起こったことでショックを受けているようではあるけれどね。1か月前からわれわれは、西側諸国は事態のいかなる発展にも用意ができているし、制裁のパッケージが準備されていると聞かされていたのだが。やっと何が起こっているかが彼らのもとに届き始めたとでもいうのか? ワシントンではようやくお目覚めというわけだ。[このインタビューは2月22日午後に行なわれた。この数十分後にドイツはノルド・ストリーム2の認可を停止し、その直後にイギリスが経済制裁を発表した。――編集部による注]

ノガシ:ほったらかしにされているという感じですか?

アンドルホーヴィチ:アメリカ大使館の職員が数日前にキーウを離れてリヴィウに移っただけじゃなくて、昨日の晩には全員がポーランドに移動してしまったという事実を前にして、それ以外の感じ方があるものかね? じつに想像力に訴えかける振る舞いだよ。しかも、戦術としてよくわからないな。そもそも何か戦術について語りうるとしての話だがね。
これはウクライナにとってだけでなくて、全世界にとって、われわれが知っている秩序全体にとって悪い予兆だよ。もし民主主義的な価値を信奉しているらしき西側が、抜本的なやり方で対応しないのであれば、それは西側にとっても終わりの始まりになるだろう。
そのことはきっと誰もが感じているのではないか?

ノガシ:ウクライナのウォロディミル・ゼレンシキー大統領がとった決定については、あなたはどのように受けとめていますか?

アンドルホーヴィチ:ここ数週間、彼は平静を保ってほしいと呼びかけていたわけだが、これでは今日となってはまったく足りないな。行動するべきだ、それも直ちに。
何をなすべきか。2つの州、ルハンスクとドネツィクの2州でわが国のコントロールのもとにある地域に戒厳令を布告するべきだろう。加えて、予備役の動員をかけるべきだろう。
議会はこれらの措置を承認するべきだ。そうすれば、われわれは、権力がなんとか状況を支配しているという感覚をもつことができるだろう。これまで平穏を保って、戦争はないだろう信じ切っていた社会も、それで動きだすことができるだろう。
私は大統領の支持者ではまったくなかったけれど、現在の状況のもとで彼を厳しく批判するつもりはない。どういう状況かは理解しているし、彼がとつぜん雲隠れしたり、ウクライナから出国したりしなかったことをうれしく思うよ。そういう事態も起こりえたことだからね。ただ、いまは戦術を変えて、なにが起こったかを理解して、決断を下すべきだと思う。そうすることで、われわれがさらなる恐怖とパニックに陥ることを防ぐべきなんだ。
ウクライナ人は、国家が機能していて、困難な課題に立ち向かっていると確信するべきなんだ。

ノガシ:いま起こっていることに、あなたの知人たち、国の東部と西部のそれぞれのウクライナ人たちは、どのように反応していますか?

アンドルホーヴィチ:もちろん、われわれの誰も、ウクライナが存在しなくなること、われわれがロシアに包摂されてしまうことには同意していない。しかし他方で、西側のインテリジェンスによって確認されている情報が次々にわれわれのところに届いてもいるのだ。ロシア人は、侵攻したときには、逮捕して拷問にかけたり投獄したりその場で射殺したりするべき著名なウクライナ人のリストを用意している、という情報がね。プーチンの軍隊が地域を次々に占領していくのに応じて、それぞれの都市ごとにね。
われわれは軍事的な準備ができていないんだ。私の友人で上手に銃を撃つことができる者なんているもんか。それでもわれわれは、きわめて重大な選択のまえに立たされるだろう――生きるか死ぬかのね。それどころか、もっとはるかに劇的な選択のまえに立たされるかもしれないのだ――どういう死に方をするか、という選択のまえに! 今日のところはわれわれはショックのなかにいるが、早晩、このことについて話し合うことになるだろう。プーチンはわれわれに選択の余地を与えないだろう――この点ではウクライナの西部に住んでいようが東部に住んでいようがたいした違いはない。
紛争が広がっていくことはない、とわれわれを安心させようとする向きもある。だが、第1に、ウクライナを潰すことはプーチンの固定観念であり、それを成し遂げるためにすべてのことを彼はやるだろう。第2に、厳しい経済制裁が行なわれる、とわれわれはずっと聞かされてきた。しかし、プーチンにとって制裁なんてクソくらえだ! そういうカテゴリーで考えることを彼はやめたのだ。経済には彼は関心がない。彼は安全だと思っているし、彼にいちばん近い協力者たちも同じだ。この戦争で生命や持っているものすべてを失うのは彼らではない。没落するとしても、その前に彼らは多くの苦しみをもたらすだろう。
プーチンに断固として対応する必要があることは、昨年11月からあきらかだった。彼を押しとどめるためには、NATOのいくつかの加盟国が厳しい行動を起こして、ウクライナに軍隊を展開することしかなかったのだ。だがそのような措置がとられることはなく、彼はますますやってやろうという気になるばかりだった。経済制裁を科せばロシアの指導者は西側のまえにひざまずくだろうと信じることは、ユートピアだ。

ノガシ:軍服を着なければならなくなったら、あなたは着ますか?

アンドルホーヴィチ:もちろんだ。きっと私も戦わなければならない状況になりうると思う。ただ軍服はもう着ないだろうな、私は60歳をこえているからね。でもパルチザンのようなもの参加しなければならないことになっても驚きはしないよ。
プーチンがウクライナを占領したときに抹殺すべき人間のリストには、私の名前も載っているに違いない。彼らがやって来るまで家でじっと座って待っているつもりはない。

ユーリー・アンドルホーヴィチは、1960年生まれ。ウクライナの作家、詩人、翻訳家。歌手でもある。ウクライナ西部のイヴァーノ・フランキーウシク在住。国外にも多くの読者をもち、多くの作品がポーランド語に翻訳されている。日本語で読める作品はまだないようである。

このインタビューが行なわれたのは2月22日、つまり、プーチンがウクライナ東部2州に作られたいわゆる「ルガンスク人民共和国」と「ドネツク人民共和国」を「独立した国家」として承認した翌日であり、2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻する2日前である。この時点ですでに、アンドルホーヴィチが、ロシア軍の侵攻によって、東部2州だけでなく、ウクライナ全体が戦場になることを確信していたことがわかる。

「プーチンにとって制裁なんてクソくらえだ! そういうカテゴリーで考えることを彼はやめたのだ。経済には彼は関心がない」と、アンドルホーヴィチは戦争が始まる前に見抜いていた。
2月24日以降、ロシア軍が、東部2州だけでなく、首都キーウ(キエフ)の攻略を目論んでいることがあきらかとなったとき、国際政治や軍事の専門家から「プーチンがウクライナ全体の侵略にのりだすとは想定していなかった」というコメントが聞かれた。戦争になれば西側が厳しい経済制裁にふみきることは予告されており、計算可能な「合理性」を前提に予測をたてるかぎりでは、「プーチンの戦争」は想定外の非合理的な行動ということになるのであろう。
しかし、そのような「合理性」のみにもとづいて人間が行動するとはかぎらない、ということを今回の戦争の成り行きは示している。「生きる/死ぬ」という問題、「殺す/殺される」という関係につねに関心をもち、観念にとりつかれ妄念に突き動かされる人間の姿をつかみとって表現してきたのが文学を含む芸術であり、そのような人間のありようを研究してきたのが人文学である。そのような意味で、ウクライナの戦争は、芸術や人文学にとって重い課題を突きつけている。

「生きるか、死ぬか」という選択肢のさらにその先に、「どういう死に方をするか」という選択を迫られるときが来る、とアンドルホーヴィチは語っている。戦わずに降伏して生きて占領されても「抹殺対象者」のリストにしたがって殺される、というのは、考えられるかぎりで最も絶望的な見通しである。しかし、20世紀にウクライナを含む「流血地帯」(T. スナイダー)がくぐり抜けた歴史を知っている者は、アンドルホーヴィチの想定は根拠のないものではなく、むしろこの状況においてはリアルな認識であると感じるであろう。
60歳を越えた作家の「自分がパルチザンになっても驚きはしない」という言葉を訳しながら、同じ年代の訳者はうなだれるしかない。(3月25日に記す)

【SatK】