小山哲×藤原辰史「中高生と考える 戦争・歴史・ウクライナのこと」

2022年8月1日(月)に開催されました『中学生から知りたいウクライナのこと』発刊記念イベント『小山哲さん×藤原辰史さん「中高生と考える 戦争・歴史・ウクライナのこと」』の文字お越しがミシマ社のウェブサイト「みんなのミシマガジン」に計3回に渡って掲載されています。ぜひ、ご一読ください。

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プーチンに支援された指揮者、沈みかけた船から逃げ出す

「ガゼタ・ヴィボルチャ」 2022年8月3日 執筆者:アンナ・S・デンボフスカ*
https://wyborcza.pl/7,113768,28753228,dyrygent-finansowany-przez-putina-ratuje-swoja-kariere-i-ucieka.html

議論を呼んだザルツブルク音楽祭の幕開けから1週間、今年の音楽祭のスターであるギリシア出身のロシアの指揮者、テオドール・クルレンツィスが、新しいオーケストラを創設すると表明した。クレムリンとの関係をめぐって高まる非難の声への対応とみられる。

テオドール・クルレンツィスは、キッチュすれすれの解釈でモーツァルトやベートーヴェンを演奏して衝撃を与え、クラシック音楽界のアンファン・テリブルとして知られている。すでに10年ほど前から「生粋の挑発者」と言われてきた。

スキンヘッドで登場したかと思うと、次は長髪に編み上げ靴に変身するなど、この指揮者は人を驚かせるのが好きだが、音楽界では、彼の反抗的な姿勢――批判的な人たちに言わせれば、安上がりに喝采してもらおうとする態度――はすでにお馴染みの風景となっている。50歳となった挑発者は、目下、別の問題を抱えている。

非難の的となったテオドール・クルレンツィス

ギリシア出身のこのロシアの指揮者をめぐる論争が大きくなったのは、彼がロシア政府と間接的につながっていたためである。クルレンツィスは、西側の世論の圧力に屈せず、ウクライナでのクレムリンの軍事行動を非難しなかった。ここ数か月、彼がプーチンの機嫌を損ねないように高度の外交を駆使しなければならなかった理由は、この指揮者が率いるペルムの合唱団とオーケストラ「ムジカエテルナ」が、クレムリンによってコントロールされたVTB銀行〔モスクワのメガバンク〕によって財政的に支えられてきたことにある。

VTB銀行は、アメリカの対ロシア制裁対象のリストに入っている。この銀行は、クルレンツィスと彼の楽団にとって、気前のよいスポンサーであった。音楽家たちは、ロシアがすばらしい文化をもっていることを誇示するクレムリンのソフトなプロパガンダの道具となり、プーチンが輸出する「商品」の1つとなっていた。

ザルツブルグはプーチンのお気に入りの邪魔をせず

ザルツブルク音楽祭への招聘は、クルレンツィスの活動への高い評価のあらわれの1つである。この招聘は、この名高い音楽祭の芸術監督マルクス・ヒンターハウザーによって、すでに数年前から行なわれている。

戦争が勃発して、ロシアの体制とつながりのあるロシアの音楽家のコンサートはキャンセルするべきだという世論の圧力の高まりにもかかわらず、今年の音楽祭でも、この招聘は撤回されなかった。そのさい、ザルツブルク音楽祭の主催者は、音楽祭のオープニングに、クルレンツィスが合唱団とオーケストラ「ムジカエテルナ」を率いて登場し、ロメオ・カステルッチの演出によるベラ・バルトーク『青髭公の城』とカール・オルフ『時の終わりの劇』の2部作の初演を行なう予定である、と発表した。

最終的に、音楽祭の主催者は、オーケストラを「ムジカエテルナ」からグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団に代える、という1点についてのみ、譲歩した。

7月26日、ザルツブルク音楽祭のオープニングで、クルレンツィスの指揮のもと、2部作の初演が行なわれた。出演者には依然として「ムジカエテルナ」の合唱団が含まれていたが、オーケストラは、マーラーの名称を掲げた若者たちの管弦楽団に代わっていた。

「ニューヨーク・タイムズ」の伝えるところでは、聴衆は、議論を呼んだ指揮者の登場をスキャンダルや場違いなこととはみなさず、その反対に、上演全体をつうじて、熱烈にブラヴォーを叫び、熱狂的な拍手を送ったという。

しかし、メディアの反応は、聴衆とは異なっていた。イギリスの「ガーディアン」は、クルレンツィスの登場は、この指揮者がクレムリンからの資金で生きており、戦争を非難してこなかったというまさしくその理由ゆえに、世界で最も重要な音楽祭の1つのオープニングに影を投げかけた、と書いた。

ザルツブルク音楽祭は、今年の春以来、国際的なメディアの砲撃にさらされてきた。主催者たちは、クルレンツィスをプログラム上で売りものとして残していることを非難されたが、それだけでなく、彼ら自身が、クレムリンとつながりのある基金のおこぼれにあずかって生きていることも批判の的となった。

音楽祭側は、そのような基金からのお金は催しの予算の全体からみればほんの一滴にすぎず、主たる収入源は公的機関からの補助金とチケット収入であると弁明した。じっさい、チケットはたいへん高価で、オペラであれば、いちばん高い席で、1演目につき300から400ユーロになる。

問題を抱えているのはザルツブルクだけではない。ウズナム島の音楽祭と若者たちのオーケストラ「バルト海フィルハーモニー」が、ガスパイプライン「ノルト・ストリーム2」に関連する複数の企業によって財政的に支援されていることについては、3月に本紙で記事にした。** それらの企業の1つはフランスの「エネジー・エナジー」で、この会社はさらにもう1つの有名な音楽祭――ナントの「ラ・フォル・ジュルネ」の共同スポンサーでもある。

クルレンツィスは新しいオーケストラ「ユートピア」を思いつく

クルレンツィス自身は、慎重に振る舞おうとしている。月曜日、彼は、これから率いることになるオーケストラのためのスポンサーを確保したと発表した。新しいオーケストラの名称は「ユートピア」だ。

「ニューヨーク・タイムズ」によると、このオーケストラは、28か国から112名の演奏者によって構成される。そして、楽団とそのコンサート・ツアーの経費は、寄付とチケット販売の収入によって賄われる。指揮者は、これは「実験」になるだろうと、予告している。このオーケストラは、ようやくこれから自分自身の響きと性格を探っていくことになるのだから、と。

他方で、「ムジカエテルナ」がどうなるかは、まだわかっていない。ザルツブルクでの出演が撤回され、4月にウィーンのコンツェルトハウスでのコンサートもキャンセルになったことを考えると、この楽団の将来は、少なくとも西側では、明るくないであろう。

一方、クルレンツィスは、まさしく沈みかけた船から逃げ出すことによって、自分のキャリアを救うチャンスをつかんだ。加えて、彼は、シュトゥットガルトに本拠地をおく西南ドイツ放送交響楽団(SWR Sinfonieorchester)の首席指揮者の地位も保っている。

議論を呼ぶ録音

合唱団とオーケストラ「ムジカエテルナ」は、2004年に、当時ノヴォシビルスク・オペラ・バレエ劇場の総監督だったクルレンツィスの発案で、ノヴォシビルスクで創設された。2011年、クルレンツィスがウラル地方の都市ペルムのオペラ・バレエ劇場の音楽監督の地位に就くと、「ムジカエテルナ」も彼についてペルムに移動した。

彼らはいっしょに、モーツァルトの歌劇や、ベートーヴェンの交響曲、ストラヴィンスキーの『春の祭典』などを録音し、それらのディスクは解釈をめぐって議論を呼んできた。

しかし、クルレンツィスが指揮したモーツァルトのレクイエム(2011年、Alpha)は、まちがいなく、このきわめてよく知られ、競い合って演奏されてきた作品に対して、最も興味深い解釈を示した録音の1つである。

*アンナ・S・デンボフスカ(Anna S. Dębowska)は音楽ジャーナリスト。2002年から「ガゼタ・ヴィボルチャ」に執筆。「ベートーヴェン・マガジン」編集長。ワルシャワ出身。音楽と演劇論を専攻。

** 「ガゼタ・ヴィボルチャ」、2022年3月22日付の記事「ウクライナのために寄付を集めます。ただし、ノルト・ストリームが長年にわたって財政支援してきました」
https://wyborcza.pl/7,113768,28249387,finansowana-przez-nord-stream-2-ag-orkiestra-baltic-sea-philharmonic.html#S.embed_link-K.C-B.1-L.4.zw
ロシアのウクライナ侵略によって、政治と芸術の関係があらためて問われています。

ウクライナでの戦争に対するクルレンツィスの沈黙をめぐっては、すでに春の段階で問題化していたようです。
「クルレンツィス指揮ムジカエテルナのパリ公演は中止」(2022年4月22日)
https://mcsya.org/paris-cancells-musicaeterna/

5月にNHK交響楽団の定期公演で演奏したロシアのヴァイオリニスト、アリョーナ・バーエワは、胸にウクライナ・リボンを付けて舞台に登場しました。

「西側」で演奏するために自国の音楽家が踏み絵のような意思表示を迫られる事態を招いたこと自体が、ロシアが引き起こした目下の戦争の罪の1つだと思います。

【SatK】