いま、大学を激震が襲おうとしています。
私たちは大学で働く者として、また大学で学ぶ者として、学問の魅力に取りつかれ、研究と教育に一度かぎりの人生を捧げています。世界の広さからすれば砂粒ほどにすぎませんが、それでもいつか真理の断片をみなさまに伝えたいと願いつつ、日々、難問にとりくんでいます。
ところが、政府は、長きにわたる研究者の努力をあざ笑うかのように、手っ取り早く「稼げる大学」をつくるための政策をすすめています。具体的には、わずか数校の大学を「国際卓越研究大学」に認定し、500億円とも言われる巨額の助成を行うプランです。お金が入るならいいじゃないか、と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、このプランは、借金をつぎこんだギャンブルでの「もうけ」を大学に配分しようとする、実に危ういものです。
この助成金は「大学ファンド」と呼ばれる資金の運用益から捻出されます。出所はみなさまの税金と、財政投融資という国の借金であり、それらをリスクのある投資へ回そうとしています。ところが、運用益どころか、2022年9月末現在で1881億円をこえる損失が出ているのがこのギャンブルの実状なのです。実際にお金が増える保証はまったくないのに、大学の鼻先に巨額のお金というニンジンをぶら下げているわけですが、京都大学をはじめ、多くの大学がそれに飛びつこうとしています。2004年以来、国立大学の研究・教育のための基盤的経費(運営費交付金)が大幅に減額されつづけているためです。
問題なのは、この「絵に描いた餅」にすぎぬ助成金を受ける大学に様々な制約がかけられることです。たとえば、国際卓越研究大学における最高意思決定機関の委員はすべて文科大臣が任命し、過半数は学外者になると言われています。日本学術会議会員の任命拒否問題はいまだ未解決ですが、同じような政治的、権力的介入で大学を国策機関へと変えようということです。大学の自治は、日本国憲法によっても認められた大切な原則ですが、それが「絵に描いた餅」によって脅かされているのです。
また、この国際卓越大学には年3%の事業成長が義務づけられています。大学がベンチャー企業支援などに投資し、その貢献によって産業界から投資を受けることが想定されています。では、大学が投資に失敗した場合どうなるのでしょうか。そのしわよせを受けるのは大学の教員や事務員だけではありません。なにより大学の主人公であり、未来の学問の担い手である学生こそが最大の犠牲者にほかなりません。なぜなら、国際卓越研究大学に認定された国立大学の学費の上限が撤廃される可能性があるからです。学費を払えない家庭の子どもたちは、進学を諦めざるをえなくなる。それは、社会にとってはかりしれない損失です。
投資を呼び込めるような「稼げる」研究ばかりが優遇されることが容易に想像できますが、それだけではありません。ご存じのように、いまの政府は「敵基地攻撃能力」のための増税を計画し、大学への運営費交付金を増額する余裕はないとする一方で、軍事に役立つ研究にだけは巨費を投じています。軍拡路線に役立つかぎりで大学を利用する、そのための手段こそが大学ファンドと国際卓越研究大学なのです。忘れてはならないのは、軍事研究の場合、研究成果発表や教育の自由が厳しく制限されることで、たとえば、防衛上の秘密が漏れるからという理由で講義やゼミから留学生を排除する事態がすでに生じています。軍事研究が研究者の良心を破壊し、最終的に学問の衰退と多くの人々の死をもたらすことは歴史が証明しています。
政府の大学政策に反対する研究者は大学など辞めて自分で研究をすればよいだろう、とお考えになる方もいるかもしれません。たしかに、「稼げる研究」も軍事研究もやりたくない研究者は、大学から身をひくことで、少しだけやましさから逃れることができるかもしれません。けれども、それではいよいよ大学を軍事研究の拠点と化す流れに拍車がかかり、大学は本来の目的から遠ざかることになるでしょう。
それはなぜでしょうか。第一に、仮に自分の研究が政府の意向に沿った「稼げる研究」や軍事研究には含まれないと思っていても、資金を得るためにしょうがないと思って申し込み研究の助成を受けてしまったら、他国に向けての公開が困難になるからです。重要な発明も特許出願を非公開とすることが求められます。第二に、批判の精神が大学や研究者から消えることで、学問の活力が低下するからです。自然科学、人文科学、社会科学を問わず、既成の説に対する反骨と批判は、創造の糧です。批判の精神を保ち、ときに政府に対して異論を発していくことが、大学には必要なのです。
しかし、残念ながら、この国で繰り返し行われてきたのは、広く議論を開くことよりも、権力の中枢にいるひとにぎりの人間の縁故や忠誠度で選別される偽りの「競争」に勝ち抜いた者に利益を集中させるやり方です。そんな世界でものをいうのは財力と暴力にほかなりません。政府関係者との縁故で利権を誘導しようとする企業が東京五輪で用いたのは、賄賂というきわめて古風な手段でした。このようなやり方が横行するかぎり、誠実に生きようとする人たちは裏切られつづける。そこから生まれるのは、上位にある者の独断で下位にある者の自由や生命が脅かされるような社会です。このような社会では、政府が掲げる大きく危うい目標に同調できない人間は、健全ではない、能力がない、などとレッテルを貼られ、一線から外されていくでしょう。上位にある者にとって不都合な人間や、異論を述べる人間は、力づくで排除されていくでしょう。
このような方向へと突き進む政府の動きを止めるのは容易なことではありません。しかし、それでもなおわたしたちは学問をつづけたい。あきらめるという選択肢を拒否したい。わたしたちが手にしているのは言葉だけ、言葉の力を信じて、この手紙をしたためました。
わたしたちは、政府が乱暴に導入しようとする大学ファンドと国際卓越研究大学の制度に反対し、これに応募する大学に自省を求めます。この制度がはらむ多くの問題にみてみぬふりを決め込み、沈黙することは自己と社会に対して不誠実であり、未来の学問と教育に対する責任を放棄することにほかなりません。そのような人間がおこなう研究と教育を誰が喜んで享受したいと思うでしょうか。
以上、長くなりましたが、大学に迫る危機についてみなさまに関心を持っていただき、誰かに向けて語っていただくことを願ってやみません。ここまで読んでいただきましたことに、深くお礼を申し上げます。最後になりましたが、みなさまの安寧を心よりお祈りしております。
2022年12月28日
自由と平和のための京大有志の会
現在の大学をとりまく状況についてより詳しく知りたいという方は、下記のリンクをごらんください。
◆科学技術振興機構(JST)主催 公開シンポジウム(2022年11月29日)
「大学ファンドを通じた世界最高水準の研究大学の実現に向けて~国際卓越研究大学構想への期待~」
https://www.jst.go.jp/all/event/2022/20221026.html
資料、記録動画へのリンクあり
◆日本科学者会議(JSA)主催 E1分科会(2022年12月4日 オンライン)
「経済安保法と国際卓越研究大学法は、学問の自由と大学の自治に何をもたらすのか」
https://youtu.be/ykqXtSyFMIc
◆京都大学職員組合「「国際卓越研究大学反対声明」記者会見(YouTube)」
https://www.kyodai-union.gr.jp/2022/11/25/221116press_release/
声明、資料、動画へのリンクあり
※京大職組では国際卓越研究大学反対声明への賛同者と賛同メッセージを学内外から募っています。
https://www.kyodai-union.gr.jp/2022/12/06/seimei-2/
◆軍学共同反対連絡会主催 シンポジウム(2022年11月6日 オンライン)
「 政治に翻弄される学術 一 大軍拡と軍学共同の深化」
http://no-military-research.jp/?p=2620
資料、記録動画へのリンクあり
【報告要旨】連絡会ニュース73号
http://no-military-research.jp/wp1/wp-content/uploads/2022/11/NL73.pdf