【目次】
- はじめに―問題を考える手がかりについて
- 1.憲法政治の現状と憲法秩序のヒエラルヒー
- 2.立憲主義と民主主義の相克
- 3.憲法の体系的理解と自民党改憲の方向性
- 4.自民党改憲案と日本国憲法の前文
- 5.自民党改憲案がめざす国家と国民のあり方
- 6.自民党改憲案がめざす安全保障
- 7.基本的人権とその制限の根拠をめぐって
- 8.緊急事態条項をめぐって
- おわりに―残された幾つかの論点
はじめに―問題を考える手がかりについて
こんばんは、山室でございます。これから1時間半ほど宜しくおつきあいいただきたいと思います。
すでにご存じのように、参議院選挙は22日に公示、7月10日の投票という日程となったようですが、そこで論点になるであろう自民党改憲草案につきまして、いかなる立場からであれ、まずはきちんと読んでみたいというのが、この会の趣旨であります。
皆さんがお揃いになる前に、少し資料のご紹介などさせていただきますが、レジュメの2ページに参考文献を挙げてありますが、自由民主党の日本国憲法改憲草案とそのQ&Aは自由民主党のホームページをご覧になりますと出てまいります。改憲草案やその新旧対照表があり、Q&Aは当初のものに批判が出たことを受けて現在は増補版が掲げてあります。たとえば立憲主義や基本的人権の理解に対する批判などに対して、それを増補版で応答している箇所もあります。
本来、改憲草案の全文を逐次見ていただくことが必要なのですが、どこに問題点があるのか、どこに着目すべきなのかを条項ごとに見ていくことは、皆さんもお忙しいことかと思いますので、いくつかの参考書を上げておきました。
一番はじめに挙げましたのが、馬場利子さんという方が出されました『誰のための憲法改「正」?』(地湧社)という本ですが、これは「お母さんから子供まで誰にでもわかりやすく憲法を伝えます」ということで、お値段も500円プラス税とたいへん手頃で、項目を絞って簡単に読めるように工夫されております。
誰のための憲法改「正」?―自民党草案を読み込むワクワク出前講座
馬場 利子
それからレジュメと共に案内のチラシがお手許に届いているかと思いますが、樋口陽一先生と小林節先生の対談である『「憲法改正」の真実』(集英社)という新書版の本が緊急出版されています。本日の会は、人文科学研究所の人文研アカデミーと「自由と平和のための京大有志の会」とがジョイントで企画しておりますが、有志の会では6月28日(火)の19:00~20:30に「ひろば―本を読む会」でこの本を取り上げて『「改憲」の問題点を考える会』を開催される予定になっています。是非お誘いあって御参加戴き、御自由にそれぞれの立場からご意見を交わして戴きますようにお願い申し上げます。この本も内容は本当に濃いのですが、読みやすい対談形式となっていまして「憲法改正」という問題にいかにアプローチしたら良いのかをお考え戴くには絶好のものかと思います。
「憲法改正」の真実 (集英社新書)
樋口 陽一 小林 節
その上で、専門の研究者や弁護士の方が、自民党憲法改正草案についてどのような議論をされているのかを知って戴くには、京都憲法会議が監修されました『憲法「改正」の論点』(法律文化社)が最適かと思います。憲法改正問題につきましてはいろんな見方がありますし、現在は東京を中心に多くの出版物など出されておりますが、もちろん京都でも多くの研究者や弁護士の皆さんが大変に頑張って貴重で有益な議論を重ねてきておられますので、是非お読み戴きたいと切望致します。この本は早くに出されましたが、目次をご覧になるとお分りになるかと思いますが、なぜこうした改憲案が提起されるのか、その問題の焦点はどこにあるのか、それから基本的人権や統治機構はどういうふうに変わっていくか、といった重要な問題点が、それぞれの項目に従って精緻に議論されております。そのため専門書ではありますが、大変読みやすい本だと思われます。
憲法「改正」の論点: 憲法原理から問い直す
京都憲法会議
その他、自民党改憲草案については多くの本が出ておりますので、御関心にそって書店や図書館などでお手に取って戴ければ幸いです。時間の関係で、参考文献の詳細を申し上げることはできませんが、『憲法「改正」の論点』には、ちょっと難しくなるかもしれませんけども、憲法書など主要な文献等のリストも掲げられていますので、御参考にして戴ければと思います。
それから、これから憲法改正の問題が具体化してくる中で、一番必要性を訴えやすいということで重要なテーマになってくると思われるのが、自民党改憲草案の98条、99条に掲げられた「緊急事態条項」という問題です。
自民党改憲草案
第98条(緊急事態の宣言)
1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。
第99条(緊急事態の宣言の効果)
1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。
この問題について、一番詳しいのが、関西学院大学災害復興制度研究所編『緊急事態条項の何が問題か』(岩波書店)です。もっと簡単にお読みいただくというのであれば、小林節・永井幸寿著『対論 緊急事態条項のために憲法を変えるのか』(かもがわ出版)をお勧めします。永井さんという弁護士の方は、被災地の法制という問題に携わってこられましたので、現場からの声が反映されています。他方、小林先生は従来から緊急事態条項を明確に憲法に規定すべきだという立場でしたが、この対論を通じて自民党の改憲草案のような緊急事態条項は必要無いと自ら説を改めますというように議論が展開していく、大変に興味深い読み物になっております。
緊急事態条項の何が問題か
関西学院大学災害復興制度研究所
〈対論〉緊急事態条項のために憲法を変えるのか (さよなら安倍政権)
小林 節 永井 幸寿
それから改憲問題そのものをどう考えるかという原点に帰って考えるには、刊行からやや時を経ていますが、名古屋大学の愛敬浩二さんの『改憲問題』(筑摩書房)をお読み戴ければ分かりやすいかと思います。憲法「改正」という問題がなぜ出てきたのか、その憲法上の問題点は何か、それらは世界的な潮流の中でどういう意味があるのか、などについて知ることができるかと思います。そして、最後に恐縮でありますけれども、今日は時間がなくて憲法の9条のところはあまり詳しく話せませんが、憲法改正の本丸とも言われています憲法9条につきましては、ご関心があれば拙著『憲法9条の思想水脈』(朝日新聞出版)というこの中に、9条に繫がる非戦思想が欧米や幕末以後の日本でいかに現れ、歴史的にどのような意味合いを持っているのかについて書いておりますので、よろしければご覧ください。
改憲問題 (ちくま新書)
愛敬 浩二
憲法9条の思想水脈 (朝日選書823)
山室 信一